今日も深爪

爪を切るのが絶望的に下手な大学生です

秋田と高知県と私

こんにちは。お久しぶりです、むとうです。
気付けば前回の更新から8日が経っていたようで。
座右の銘「明日できることは明日やろう」「砂漠に超然と立つ詩人たれ」です。

さて今回は、私がなぜ高知県、そして大豊町にいるのか、ということをざっくりと書いていきたいと思います。目指せ3分。カップラーメンチャレンジ。

 

目次

 

 

1 秋田県と私

 生まれも育ちも秋田。生まれてこの方18年ちょっと、住所を移したことはありません。生粋の秋田県民。(秋田美人ではないのが悔やまれる)
 私は秋田県が大好きで、何故か、と訊かれると上手く答えられないけれど、とにかく秋田が好き。ただ秋田県は、高齢化、少子化、人口減少と様々な問題を抱えていて、ついに人口が100万人を切ったところ。この秋田県に「人の交流」を創り出して、秋田を元気にしたい!と思っていました。(一応過去形)
 そこで考えたのが「観光業」。中学2年生の頃、ちょっとしたきっかけがあって、県内の人も県外の人も、日本の人も海外の人も、私の大好きな秋田をもっと知ってー!来て来て来て―!!みたいな気持ちになって、秋田をいろんな人にPRしていきたい!という気持ちに。

 

2 高知県と私

 むとう家に馬路村のゆずギフトを貰って以来、すっかり馬路村のファンになった私。「いつか馬路村に行きたい」と思いつつ、秋田から高知なんて遠くて、普通に大学生活を送ることになっていたら、馬路村はずっと、〈遠い遠い憧れの地〉ままだったんだとうと思います。が、運のいいことに、最初に受けた入試に落ちて、ギャップイヤー入試(前記事参照)を受けることになり、そこで考えたのが「ギャップイヤーを利用すれば馬路村に行ける」ということ。ただ(ここだけの話)、「馬路村に行きたいから行く」だけだと入試をパスするための計画としては弱いと思い、高知県の観光促進事業がどうの高齢人口の推移が秋田県と似ているだの何のって理由をつけてそれらしい計画書にしました。
 入試当時は「馬路村に2ヵ月住んでどうのこうの」っていう計画だったんですが、本当にそうするなら、ということで今年の2月に、ギャップイヤー活動をするにあたっての下見みたいな感じで高知県を訪れて、そのときに馬路村にも行ったんですが、滞在先をどうするか、馬路村でどんな活動をするのか、という点をなかなか詰められず、馬路村に滞在することを諦めました。
 そこから、四万十町佐川町などに滞在することも考えたんですが、結局うまくいかず、時は流れ5月下旬。6月7日の高知行きの飛行機は取っていたのに高知に滞在する計画は白紙の状態の私のタイムラインに流れてきた「碁石茶親衛隊」募集の記事。これだ!と思い、すぐに応募。そんなこんなで今は大豊町にいます。

 

3 秋田と高知県と私

 秋田県高知県を比較して、秋田の今後の方向性を明らかにする!だなんて意気揚々とし(たように見せ)ていた、あの日から8,9ヵ月、迷走しながらもなんとか高知で生きてます。あと3日くらいで秋田に帰るのだけど。
 6月の後半は「秋田に帰りたい」とばかり思っていたけど、今は何となくここを離れるのが惜しいと思えるようになりました。ありがとう高知県。高知大好きだから、大学に入学してからも1年に1回は来れたらいいな、って思ってます。

 

 

 

次回の内容も、更新日も未定ですが、ごゆるりとお付き合いください~